Chapter 7
丘から降りると、シャルが手前の校舎の前で立ち止まる。
「ここがD棟ね。明日からここに通ってちょうだい」
「わかった。シャルは4月から通っているんだよな?」
「うーん、本格的に通い出したのはそうね」
本格的?
「どういう意味?」
「ここって別に誰でも通えるからね。私は小さい頃からここに来て、好きな錬金術の授業を受けてたわ。だから結構前から通っている。実際、そういう人は多いわよ。クラスって大体30人ぐらいいるけど、半分くらいの人は目的の授業以外は受けないし」
「錬金術って?」
「それも知らないの?」
「子供を攫うやつだっけ?」
黒魔術だったかな?
「やめてよ……普通にポーションとかの薬作りよ」
「ポーションねー……」
知らんな。
「一個いる? 体調が悪くなったら飲むといいわ」
シャルがそう言ってどこからともなく青い液体が入ったフラスコを渡してくる。
「……なあ、校長先生も使ってたけど、それ何? 手品?」
校長先生もどこからともなく制服と鍵を取り出していた。
「あー……空間魔法よ」
へー……
「どの授業?」
「これは基礎魔法だから基礎学かな……多分、ここに通う生徒は皆、最初から使えると思うけど」
「使えるかなー? まあいいや。これ、飲めばいいのか?」
ぱっと見は清涼飲料水に見えないことも……いや、青すぎんか?
「そうね。お疲れの時に飲むといいわ。あ、でも、体力を戻すだけだからウィルス性の風邪なんかには効かないから」
まあ、そこは医者に行くわ。
「ありがと」
「何か困ったことがあったら言いなさい。相談くらいには乗るから」
この人、優しすぎだな。
名門のお嬢様っぽいのに……
「シャルはCクラスか……行ってもいいもんなん?」
「うーん……あなた、スマホを持ってきてる?」
「そりゃな」
頷いてスマホを取り出して、画面を見てみるが、圏外だった。
「圏外……そりゃそうか。別世界だもんな」
「こっちでは使えないけど、当然、向こうでは使えるから連絡先を交換しましょう。何かあったら連絡してくれればいいから」
俺達は連絡先を交換し合った。
「ありがと。早速、聞くけどさ、解呪魔法ってどの授業で受けられるの?」
「解呪魔法? 3年で習う授業よ。えーっと、直近だとAクラスで5日後にあるわね。この呪学ってやつ」
シャルはどこからともなく紙を取り出すと、見せてくれる。
その紙は時間割らしく、確かに金曜の午後に呪学とあった。
「Aクラスのも受けられるの?」
「受けられるわよ。あんまり他所のクラスに跨ぐ人はいないけどね」
「へー……しかし、物騒な授業だな。呪学って……解呪する方なのに……」
「呪いを知らないのにどうやって解呪するのよ。病気を知らない医者はいないでしょ」
確かに。
「わかった……これ、俺でも受けられるの?」
「呪学を? 高度だし、難しいわよ?」
やっぱり高度か……
「ちょっと興味があるんだよ」
「ふーん……稼業かしら? まあ、受けられるわよ。何だったら一緒に受けてみる?」
「いいのか?」
「いずれ受ける授業だし、どんな感じか知っておいて損はないしね。それに金曜の午後の授業は錬金術だから空いてるし」
もう単位を取っているからか。
ちなみに、我がDクラスの金曜の午後の授業は歴史だ。
うん、サボり決定。
「ついてきてもらってもいい? 他所のクラス以前に3年のクラスに一人で行くのはちょっと……」
俺はどちらかというと物怖じしない性格だが、さすがに先輩のクラスは行きにくい。
「行けばわかるけど、学年が違うのは別に気にならないけどね。同学年でクラスが違う方がきつい」
仲が悪いんだろうか?
「へー……ごめん。お願いしてもいい?」
「いいわよ」
シャルは優しいなー。
「じゃあ、よろしく。今日はありがとう。本当に助かったわ」
「いえいえ、これくらいはお安い御用よ。頑張りなさい。じゃあね。また金曜に」
シャルは踵を返しながら優雅に手を上げて別れを告げると、丘を登っていく。
いや、俺もそっちなんだが?
当然、俺も家に帰るのでシャルの後ろをついていった。
「………………」
「………………」
そのまま無言で歩いていき、女子寮と男子寮の分かれ道までやってくる。
すると、頬を染めたシャルが振り返った。
「あ、明日から頑張りなさい。じゃ、じゃあね」
シャルは頬を染めながらも優雅に手を上げて別れを告げると、女子寮の方に登っていく。
俺はそんな早歩きで去っていくシャルの後ろ姿を眺めると、男子寮の方に登っていく。
「面白い子だったな」
男子寮に戻ると、頷きながらスリッパを元に戻し、階段を上がった。
すると、階段を上がった先にある休憩スペースのソファーに2人の男子が座って談笑しているのが見えた。
「おや? 見ない顔だね」
「ホントだ」
2人も俺に気付き、こちらを見てくる。
「明日から入学するんだよ。今日は案内をしてもらっていた」
そう答えながら2人のいる休憩スペースに向かった。
「へー……寮生かい?」
金髪の優男が前髪を払いながら聞いてくる。
「まあ、そんな感じ」
家から通っているのに寮生って言うのかわからない。
「どこの部屋だ?」
もう一人の茶髪の太った男も聞いてきた。
「そこ」
「へー。隣かー」
「僕は向かいだね」
自室を指差すと、2人が納得したように頷く。
どうやら太った男子が隣で優男が向かいの部屋らしい。
「俺、長瀬ツカサって言うんだ。長瀬が苗字な」
「日本人ね。僕はセドリック・シーガー。イングランドの名門であるシーガー家の嫡男さ。聞いたことない?」
優男がまたもや垂れている前髪を払った。
「知らね。お前は?」
太っている方を見る。
「おい……軽く流されたセドリックが沈んでいるぞ」
太っている男子にそう言われてセドリックを見ると、確かにへこんでいた。
「そういうのは女子にやれよ。男にやってもムカつくだけだぞ」
「そうかい……シーガー家って知らない? 名門だよ?」
めげないな……
「悪い。俺は魔法使いになりたてでそこまで詳しくないんだ。そもそもイングランドってどこだ?」
ヨーロッパ?
「マジかよ……東洋人の学力って低いのか?」
「いや、日本人は頭が良いだろ。赤羽の奴はバカだけど……」
赤羽?
「すまん。実は世界の国の半分も知らん。アメリカとかオーストラリアならわかるぞ。あ、ロシアもわかる」
あと、フランスね。
「……セドリック、気を落とすな。バカの方だ。赤羽と同じ匂いがする」
「……そんな気がするね」
2人は俺を見ながらヒソヒソと話している。
「あ、待て。中国もわかるし、ブラジルもわかるぞ。あとカナダ」
「わかった、わかった。大きくて目立つ国はわかるんだな……俺はフランクだ。フランク・ヘードリヒ。知らんと思うが、ドイツの古い家だ」
へー……
知らんが、古い家ってことは名門なんだろうな。
「セドリックにフランクね……お前らはここで何してんだ?」
「町に出てたんだけど、帰ってきたから暇なだけだ」
フランクが答える。
「家に帰らないのか?」
「俺達は実家を出て、ここに住んでいるんだよ」
そういう人もいるか……
「君は実家だね」
セドリックが指を差しながら断言した。
「なんでわかるんだ?」
セドリックはそのまま指を下に向け、俺の裸足の足を指差す。
「あー、なるほど。日本は家では土足じゃないんだよ」
「知ってる。この学園にも何人かは日本人がいるしね」
「そうなん?」
トウコしか知らん。
というか、あいつって日本人って認識されているんだろうか?
顔は完全な東洋人だけど。
「同年代ではさっき言った赤羽がそうだね」
「誰? この寮にいるのか?」
赤羽という家も聞いたことない。
まあ、そもそも詳しくないんだけどさ。
「あー、いや、女子だよ。君、クラスは?」
「Dだってさ」
「なんだ……僕達と一緒だね。僕らも一年のDクラスさ」
「そうなん?」
クラスメイトか。
「ああ。それでその赤羽もDクラス。ぼけーっと上を見上げている黒髪の女子がいたらそれが赤羽だ」
へー……猫か?
「ふーん、声をかけてみるか」
「そうしな。同郷の繋がりは大事だぜ? それに気も合うだろうよ」
フランクが笑いながら言う。
多分、バカだからと言いたいのだろう。
「色んな奴がいるんだなー」
「まあな。あまり話しかけない方が良い奴もいるから気を付けろ」
「そうだね。家柄を鼻にかけるムカつく奴もいるし……睨むなよ。冗談じゃないか」
あからさますぎてツッコめなかったわ。
「実際、ヤバい奴ってどんなのだ?」
「お高くとまっているお嬢様の氷姫とか、他のクラスだったら生徒会長もだね」
ん?
「氷姫は知らんが、生徒会長は知ってるぞ。さっきまで案内してくれた」
「え? ホント?」
「そりゃすげーな。怖かったろ?」
怖い?
終始、優しかったが……
「普通だったぞ」
多分……
「……こいつ、大丈夫か?」
「……微妙」
こいつら、人の目の前で内緒話をするのが好きだな。
「お前、明日が初めてだったな? せっかくだし、俺らと行くか?」
フランクが誘ってくる。
「いいのか? 俺、新入生だから心強いわ」
「いいってことよ」
「そうだね。クラスメイトじゃないか」
こいつら、良い奴だわー。
「そうか……じゃあ、頼むわ。いまいち勝手がわかっていないしな」
「ん。じゃあ、朝、ここにいるからな。遅刻するなよ」
そういえば、朝に起きないといけなかったな……
「自信ないなー。ひと月ぶりの早起きだわ」
7時起きかー。
「自信ないって……お前、学生だったんだろ? 普通じゃん」
「いや、俺、ニート」
元ね。
「…………そうか」
「…………遊びたくて親元を離れた僕らが言うのもなんだけど、親を大事にしなよ」
知ってるわい。
ニートという親不孝してたんだぞ。
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